横浜地方裁判所 平成7年(行ウ)9号 判決 1997年9月24日
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別紙当事者目録記載のとおり
主文
一 原告の被告両名に対する金一〇〇〇万円の支払いを求める訴えをいずれも却下する。
二 原告の被告国税不服審判所長に対するその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告国税不服審判所長が平成七年一月一八日付けでした、原告の平成三年分の所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分に係る裁決を取り消す。
二 被告らは、原告に対し、連帯して金一〇〇〇万円を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、<1>原告の平成三年分の所得税の決定処分等に係る審査請求について、被告国税不服審判所長がした裁決に違法があるとして、同被告に対して右裁決の取消しを求めるとともに、<2>平成三年分の所得税を理由なく課税されたことが違法であるとして、右決定処分等をした被告保土ケ谷税務署長及び右裁決をした被告国税不服審判所長に対して、慰謝料の支払いを求めている事案である。
二 前提となる事実(甲一、二号証、弁論の全趣旨)
1 原告は、平成四年三月一一日、被告保土ケ谷税務署長に対して、平成三年分の所得税に係る確定申告書を提出した。同被告は、平成四年七月二九日付けで原告の納付すべき本税の額を一七一一万九五〇〇円などとする決定処分及び無申告加算税の額を二五六万六五〇〇円とする賦課決定処分をした(以下、併せて「本件原処分」という。)。原告は、これを不服として異議申立てを経た上、平成四年一一月一〇日、被告国税不服審判所長に対して、右各処分全部の取消しを求める旨の審査請求をした。
2 被告国税不服審判所長は、平成七年一月一八日付けで、右決定処分のうち本税の額が八八八万六〇〇〇円を超える部分、右賦課決定処分のうち加算税の額が一三〇万七〇〇〇円を超える部分を、それぞれ取り消す旨の裁決をした(以下「本件裁決」という。)。なお、右審査請求において、被告保土ケ谷税務署長は、原告の横浜市港北区柏町五八番一八所在の宅地(以下「本件土地」という。)の譲渡に係る所得が平成三年分に帰属すると主張していたところ、被告国税不服審判所長は、本件裁決において、右譲渡のあった日を平成二年一二月七日と認定し、被告保土ケ谷税務署長の右主張を退け、平成三年分の譲渡所得は零であるとした。
三 本件の争点と当事者の主張
本件の争点は、本件裁決に取消理由があるか、被告らが損害賠償(慰謝料支払)の義務を負うか、被告らに当事者適格があるかという点にある。右の点に関する当事者の主張は以下のとおりである。
1 本件裁決の違法について
(一) 原告の主張
(1) 被告保土ケ谷税務署長は、原告が平成三年分の所得税につき確定申告をしているのであるから、その課税標準等又は税額等に誤りがあった場合には、更正処分(国税通則法二四条)をすべきところ、無申告であることを前提とする決定処分(同法二五条)をした。原告のした審査請求に対し、被告国税不服審判所長は、右決定処分を更正処分と同じ性質のものとして取り扱い、その一部を取り消すことなく維持した。しかし、このような措置は、本来、被告保土ケ谷税務署長がすべき更正処分を、権限のない被告国税不服審判所長が新たに行ったことを意味するから違法である。そもそも、確定申告があった場合には、決定処分はできないのであって、被告保土ケ谷税務署長のした決定処分は全部取り消されるべきである。
(2) 被告国税不服審判所長は、原告の平成三年分の所得のうち事業所得の金額を、当該年分の収入金額に原告の平成二年分の事業所得の損失率を乗じて、推計の方法により算出した。しかし、原告は平成三年分の必要経費に係る資料を提出しており、これに基づいて必要経費の実額を算定することが可能であったから、推計の方法により所得計算を行ったことは違法である。
(3) 原告と国との間の別件訴訟(横浜地方裁判所平成五年(ワ)第一三一六号損害賠償請求事件)の判決において、本件土地の譲渡は平成三年中に行われたと認定されている。被告国税不服審判所長が右判決と異なり平成二年中に譲渡があったものと認定したことは違法である。
(二) 被告国税不服審判所長の主張
(1) 過少申告に対する更正処分及び無申告に対する決定処分は、いずれも、納税義務者が申告義務を適正に履行しなかった場合に、課税庁が税法に定める課税要件を充足している事実を把握し、客観的に存在する所得金額及び所得税額等を確定し、その税額を賦課する処分であって、両処分の本質に変わりはない。
また、そもそも、原告がした平成三年分の所得税の確定申告は、その納付すべき税額を零円とするものであったというのだから、所得税額等の確定手続が更正処分であろうと、決定処分であろうと、新たに納付すべき税額に差異が生じるものでもない。
このような両処分の性質にかんがみると、本件裁決において、右確定手続の違いをとらえて原処分の全体を取り消すことなく、一部のみを取り消して、その余の部分を維持したことは違法ではない。そして、被告国税不服審判所長は原処分の一部を取り消しただけであるから、新たな課税処分をしたことにもならない。
同様に、過少申告加算税を課すべき場合に、無申告加算税を賦課していたとしても、被告国税不服審判所長は、無申告加算税の賦課決定処分の全部を取り消すべきではなく、本来賦課すべき過少申告加算税に相当する金額を超える部分のみを取り消すべきものである。したがって、被告国税不服審判所長が無申告加算税の賦課決定処分の一部を取り消した点にも違法はない。
(2) 必要経費の算定に係る原告の主張は、原処分の違法をいうにすぎず、裁決固有の瑕疵を主張するものではないから、本件裁決の取消事由にはならない。
なお、原告は、被告国税不服審判所長に対し、証拠資料として平成三年分の必要経費に係る領収書綴りを提出した。しかし、収入金額及び仕入金額に係る資料の提出がなく、その金額の確認ができなかったこと、日々の取引等を記録した現金出納帳の提出がなく、現金の入出金の確認ができなかったこと、右領収書の中にも、支払内容が不明で、事業遂行上の経費なのか家事上の支出なのかを確認できないものが多数含まれていたことから、被告国税不服審判所長は、原告の事業所得の金額を実額計算の方法により算定することは不可能で、推計の方法により算定せざるを得ないと判断したものである。
(3) 民事訴訟においては、弁論主義が採られており、両当事者の主張・立証した限度で判断が下されるのに対し、国税不服審判所の審理の過程においては、職権探知主義が採られ、質問検査権による資料収集も可能である。したがって、民事訴訟で当事者が主張立証しなかった事実が、国税不服審判所の審理の過程で確認され、異なる判断が下されることもあり得るところである。したがって、別件訴訟の判決と本件裁決とで異なる事実認定がされたとしても、直ちに違法となるものではない。
なお、本件裁決における本件土地の譲渡年分についての判断は、平成三年の所得であることを否定した、原告にとって有利なものである。原告には、右の判断の誤りを主張する法律上の利益がない。
2 慰謝料請求について
(一) 原告の主張
原告の平成三年分の所得税の納付すべき税額は零円であるにもかかわらず、被告らが課税処分等をしたことは違法である。右違法な処分等により被った精神的苦痛に対して慰謝料の支払いを求める。
(二) 被告らの主張
国家賠償法一条によれば、公務員が職務の執行に関して不法行為をした場合の賠償責任の主体は国又は公共団体であり、被告らのような行政機関がその主体となることはないから、原告の被告らに対する損害賠償を求める訴えは、いずれも不適法である。
第三当裁判所の判断
一 裁決取消請求について
1 本件原処分については、その取消しの訴えと本件原処分についての審査請求を(一部)棄却した本件裁決の取消の訴えの両方を提起することができるから、裁決取消しの訴えにおいては、原処分の違法を理由として取消しを求めることができない(行政事件訴訟法一〇条二項)。
2 原告が本件裁決の取消事由として主張するところは、要するに、<1>更正処分をすべきところ、誤って決定処分がされており、全部取り消されるべきであるのに、一部取消しにとどめ、原処分を維持したこと、<2>原告が提出した資料に基づいて必要経費の実額の算定が可能であるのに、推計の方法により所得計算を行ったこと、<3>本件土地の譲渡を平成二年に行われたものとし、別件訴訟と異なる認定をしたことの三点にある。
3 しかしながら、右<1>ないし<3>の取消事由は、<2>、<3>はむろん、<1>についても、結局は、決定処分が誤りであるという意味で原処分の実体的な違法をいうものと解され、そうすると、これらは、いずれも本件原処分の取消訴訟において主張し、争うこのとできる事項であって、裁決の取消事由として主張することのできないものというべきである。また、右<3>の点については、平成三年分の所得の額及び賦課される所得税等の額を確定するという本件原処分の効果において、平成三年分の譲渡所得は零だとされたのであるから、原告に利益になりこそすれ、何ら不利益をもたらすものではない。すなわち、仮にそこに何らかの違法があったとしても、それはそもそも自己の法律上の利益に関係のない違法というべきであるから、この意味においても、本件裁決の取消事由として主張することは許されないものである(行政事件訴訟法一〇条一項参照)。
4 なお、証拠(甲二号証、弁論の全趣旨)によれば、本件原処分には、原告が確定申告をしていたことから、更正処分(国税通則法二四条)及び過少申告加算税の賦課決定処分(同法六五条)をすべきところ、決定処分(同法二五条)をし、かつ、無申告加算税の賦課決定処分(同六六条)をするという違法があったものと認められる。そして、右<1>の取消事由に関連して、原告は、本件裁決が本件原処分の一部のみを取り消し、それ以外の部分を維持したのは、本来、所轄税務署長が行うべき更正処分を被告国税不服審判所長が権限なく行ったことを意味するから違法であるとも主張している。右主張は、審査請求の手続において行うことのできない課税処分を、被告国税不服審判所長が新たに行ったとするものであり、その限りで裁決固有の瑕疵を主張する趣旨であるとも解される。しかし、過少申告の場合の更正処分と無申告の場合の決定処分とを比較すると、いずれも納税義務者の申告義務が適正に履行されなかった場合に課税庁が所得金額及び所得税額等を確定し、その税額を賦課するという意味ではその処分の本質に変わりはないといえる。したがって、本件原処分のように、更正処分をすべきところ、誤って決定処分をした場合であっても、裁決庁としては、手続的な要件を欠いていたという一事から、決定処分全部を取り消し、改めて原処分庁に更正処分を促すという迂遠な手続を執るまでの必要はなく、決定処分のうち、客観的に存在する所得金額及び所得税額等の範囲内の部分を維持した上、右範囲を超える部分のみを取り消せば足りると解すべきである。同様に、過少申告加算税と無申告加算税についても、納税義務者が申告義務を適正に履行しなかった場合の行政上の制裁として賦課される附帯税という性質は共通している。ただ、後者においては、申告自体を懈怠したという点に重加算税違反を認めて、前者に比べて高率の金額による制裁を課すという違いがあるにすぎない。したがって、本件原処分のように、過少申告加算税を課すべきところ、誤って無申告加算税を賦課した場合であっても、裁決庁としては、無申告加算税の賦課決定処分のうち、更正処分等により納付すべきこととなった税額(再更正又は不服申立て若しくは訴えについての決定、裁決若しくは判決等により原処分に異動があったときは、異動後の税額)に基づいて計算された過少申告加算税額の範囲内の部分を維持した上、右範囲を超える部分のみを取り消せば足りると解される。被告国税不服審判所長が本件原処分を一部取り消したのも、右に述べたところに従ったにすぎず、右の限度で課税処分の一部を取り消すことは、もとより被告国税不服審判所長の権限に属する事柄であるから、そこに、原告の主張する違法はないというべきである。
5 さらに、前記<2>の取消事由をみると、原告は、原告提出の資料を十分に検討しないまま、本件裁決が行われたことが違法であると主張するようにもみえる。この意味で、原告は、審査請求において必要な審理が尽くされていないという裁決固有の瑕疵を併せて主張していると解する余地がないではない。しかし、証拠(甲二号証、乙一号証、弁論の全趣旨)によれば、本件裁決に係る審査請求の手続において、原告が提出したのは領収書の綴りのみで、収入や仕入れの金額、日々の取引に関する現金の入出金の状況を確認し得る資料の提出がなく、右の領収書も支払内容が不明で事業遂行上の経費なのか、家事上の支出なのかを確認できないものが多数あったため、原告の事業所得の金額を実額で算定することが不可能であったことから、推計の方法により算定したものと認められる。右の経過からすれば、審査請求において、原告提出の資料の検討が不十分であったとはいえず、必要な審理が尽くされていないともいえないのであって、その手続に瑕疵はなかったというべきである。
6 以上のとおり、本件裁決に取り消すべき事由はなく、原告の主張はいずれも理由がないというべきである。
二 慰謝料請求について
被告両名はいずれも国の行政機関であって権利能力がなく、抗告訴訟等において法が特に被告適格を認めているような場合でない限り、民事訴訟における当事者能力及び当事者適格を有しない。したがって、被告両名に対して慰謝料の支払いを求める原告の訴えは不適法であって、却下を免れない。
三 よって、原告の被告国税不服審判所長に対する本件裁決の取消請求は理由がないので棄却し、原告の被告両名に対する一〇〇〇万円の支払いを求める訴えはいずれも不適法であるから却下することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 吉田徹 裁判官 近藤裕之)
当事者目録
横浜市旭区柏町五八-一番地
原告 河野禮通
東京都千代田区霞が関三丁目一番一号
被告 国税不服審判所長 太田幸夫
横浜市保土ケ谷区帷子町二番六四
被告 保土ケ谷税務署長 古田善香
右被告両名指定代理人 小暮輝信
同 内田健文
同 田部井敏雄
同 加藤正一
同 池上照代
同 中澤彰
右被告国税不服審判所長指定代理人 武澤忠臣
同 盛岡哲雄
同 加藤昌司
右被告保土ケ谷税務署長指定代理人 木村忠夫
同 上田幸穂
同 山本善春